2010年09月07日
退屈な時間がなくなっている
ふと思った事です。
最近「退屈で何もする事がない」という時間がないなぁ、ということ。
・・・別に毎日忙しい訳でもないのです。
つまりは、ちょっとした退屈を「埋めるものがある」というのが正解です。
家にいれば、多チャンネル化したTVがあり、ネットがあり、ゲームがあり
退屈どころか時間が足りないくらい。
そしてスマート・フォンを持つようになってから、外にいてさえも
通勤途中の地下鉄・バス待ちの時間も、なんとなくそれをいじってる。
あれ見て、これ見て、これで遊んで、音楽聞いて・・。
「退屈」って、はたして滅却してよろしいものだろうか?
こんな毎日の送り方で、何かデメリットはないのだろうか?
「退屈だなぁ〜。あいつ、今、何してるかな?電話してみるかな」
昔はそういう発想につながる事もあったけれど
・・きっと今は誰も「退屈な時間」なんて持ってる人はいないんじゃないでしょうか?
・・・退屈な話題で失礼しました。
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言われてみると、ホントそうですね。
ちょっとした息抜きにこうしてブログを読み、
コメントしている時間もあってか、退屈してないし。
これが現代人の過ごし方なんでしょうね…きっと。
そのうち、「退屈」こそが非日常として価値を高めるかもしれませんね。今のうち「退屈」を買い集めて、その時期が来たら高く売れるといいのに。《「退屈」入荷しました。》って。